試合前に交わされる、ほんの短いひと言。その影響は、思っている以上に大きなものです。同じ言葉でも、ある選手には勇気になり、別の選手には重荷になることがあります。
違いを生むのは、言葉そのものよりも、どんな気持ちで、どんな視点から伝えられているかです。
応援する側は「力になりたい」と願って声をかけますが、結果や評価を強調しすぎると、知らないうちに緊張を増やしてしまうこともあります。
一方で、選手の状態を尊重し、今に目を向けさせる言葉は、呼吸を整え、集中を引き出す助けになります。
この記事では、試合前の声かけがなぜ選手の心に影響するのかを心理的な視点から整理し、立場や場面を問わず使いやすい表現を紹介します。緊張を消すのではなく、扱える状態に変える。そのための考え方と実例を、実践しやすい形でまとめました。
【結論】試合前の一言は、緊張を“敵”から“味方”に変える

試合前の声かけで最優先したいのは、選手に安心できる土台を用意することです。無理に気合を入れたり、勝敗に触れたりする必要はありません。「普段通りで大丈夫」というメッセージが伝わるだけで、心と体は自然と整っていきます。
緊張すると、人は先の失敗を想像しやすくなります。そのときに評価や条件を含まない言葉が入ると、意識は未来ではなく現在に戻ります。声かけの役割は指示ではなく、集中できる環境を整えることです。
試合前にかける言葉の軸
- 結果や条件を含めない
- 準備や過程に目を向ける
- 今この瞬間に意識を戻す
試合前の声かけで軸にしたいのは、「これから起きる結果」ではなく、「ここまで積み重ねてきた事実」に目を向けることです。結果や条件を含んだ言葉は、選手の意識を未来へ飛ばし、不安や緊張を膨らませやすくします。一方で、準備や過程に焦点を当てた言葉は、思考を現在に引き戻し、余計な想像を静める働きをします。
また、試合直前は判断力を高めるよりも、迷いを減らすことが重要な時間帯です。「今この瞬間」に意識を戻す声かけは、頭の中をシンプルに整え、体が自然に動く状態をつくります。ここで大切なのは、励まそうとすることではなく、すでに積み上がっているものを認める姿勢です。その姿勢が、選手にとっての安心材料になります。
使える一言:
「ここまで積み重ねてきたことを信じているよ」
言葉の正しさより、伝わる前提
巧みな表現や気の利いたフレーズよりも重要なのは、「信じて任せている」という前提が自然に伝わるかどうかです。短い言葉であっても、その背景に不安や疑いがなければ、選手は安心感として受け取ります。逆に、どれほど丁寧な言葉でも、評価や条件がにじむと、プレッシャーとして響いてしまうことがあります。
声かけは説得ではなく確認です。「あなたなら大丈夫」という前提を共有することで、選手は自分の感覚に集中しやすくなります。
使える一言:
「自分の感覚でいこう」
なぜ声かけが動きに影響するのか
人は安心すると呼吸が深くなり、視野が自然と広がります。その結果、判断は落ち着き、体の動きは滑らかになります。試合前の声かけが果たす役割は、気合を入れることではなく、この状態をつくることにあります。
余計な力が抜けた状態こそが、安定したパフォーマンスを支えます。「いつも通り」を思い出させる言葉は、選手の動きを本来のリズムへ戻すスイッチになります。
使える一言:
「いつも通り、ひとつずつ」
なぜ試合前は、言葉に敏感になるのか

試合前は、期待・責任・不安が同時に押し寄せる、非常に繊細な時間です。本人が意識していなくても、周囲からの視線や自分への期待を感じ取りやすく、心は普段以上に揺れやすくなっています。この状態では、言葉は単なる音や情報ではなく、気持ちの向きを一瞬で切り替える合図として受け取られます。
特に、未来の結果や評価に触れる言葉は、選手の意識を「まだ起きていない不安」へと向けてしまい、緊張を強めやすくなります。一方で、今の動作や感覚、目の前の行動に意識を戻す言葉は、思考を現在に引き戻し、心を落ち着かせる働きをします。このわずかな違いが、試合直前の心理状態や集中の質を大きく左右します。
試合前に起こりやすい心の動き
- 失敗を避けようとする意識が強まる
- 周囲の目や評価を過剰に意識する思考
これらが同時に起こると、選手は安全な選択を優先しすぎてしまい、本来の思い切った動きが出にくくなります。判断が慎重になり、動きが小さくなるのは能力の問題ではなく、意識が分散している状態です。だからこそ、声かけで意識の焦点を一つに戻すことが重要になります。
使える一言:
「今は目の前のことだけでいい」
緊張を否定しない考え方
緊張は、心と体が本番に備えているサインでもあります。無理に消そうとしたり否定したりすると、「緊張している自分はダメだ」という自己否定につながりやすくなります。そうではなく、「今は集中に向かう途中なんだ」と受け止めることで、緊張は次第に安心へと変わっていきます。
使える一言:
「その感覚は、集中できている証拠だよ」
善意が負担になる瞬間
応援の気持ちが強いほど、つい期待を込めた言葉をかけてしまいがちです。しかし、結果や勝敗を強く意識させる言葉は、選手に“応えなければならない責任”を背負わせてしまいます。試合前は、未来の結果ではなく、ここまで積み重ねてきた過程や、今できる行動に目を向ける表現のほうが、心の負担を軽くします。
言い換え例:
- NG「勝とう」→ OK「思い切っていこう」
「頑張れ」が響かない理由

「頑張れ」は便利で、つい口にしやすい言葉です。だからこそ、多くの場面で使われていますが、その反面、意味の幅が非常に広いという特徴があります。特に試合前のように緊張が高まっている状態では、「何を」「どのように」頑張ればいいのかが曖昧になり、かえって戸惑いを生むことがあります。応援のつもりでかけた言葉が、選手の頭の中に新たな問いを増やしてしまうこともあるのです。
試合前に本当に必要なのは、気合を上乗せすることではありません。大切なのは、迷いを減らし、意識の向きを整える視点です。どこに注意を向ければいいのかがはっきりするだけで、体の動きは驚くほど安定します。声かけの役割は、背中を強く押すことではなく、進む方向を静かに示すことだと言えるでしょう。
補足があると安心に変わる
短い一言であっても、焦点がはっきり示されていれば、選手は迷わず受け取ることができます。試合前は、ただでさえ情報が多く、頭の中が散らかりやすい状態です。そんなときに曖昧な言葉だけを投げかけられると、「どう頑張ればいいのか」「何を意識すればいいのか」と、かえって考えることが増えてしまいます。
「頑張れ」という言葉に、ほんの小さな補足を添えるだけで、その曖昧さは大きく減ります。ポイントは、意識する対象を一つに絞ることです。多くを求める必要はなく、最初の動き、最初の判断など、今すぐ実行できる一点を示すだけで、選手の心は落ち着きやすくなります。声かけの役割は、背中を押すことではなく、迷いを減らすことにあります。
使える一言:
「頑張れ。最初だけ丁寧に」
言葉が空回りする例
抽象的な励ましや、結果を強く意識させる表現は、選手の思考を必要以上に増やしてしまいます。「勝つために」「結果を出すために」といった言葉は、一見前向きに聞こえますが、試合前の選手にとってはプレッシャーとして響くことも少なくありません。考えることが増えるほど判断は遅れ、動きは慎重になり、結果として本来の力が出にくくなります。
試合前は、説明や助言を足すよりも、余計な情報を削る意識が重要です。声かけは“追加”ではなく、“整理”であると考えると分かりやすいでしょう。
選手が求めているもの
試合前に選手が本当に求めているのは、評価や期待を並べた言葉ではありません。それは、「ここまでやってきた自分を信じていい」という感覚です。努力や準備を認められ、信頼されていると感じるだけで、不安は和らぎ、気持ちは自然と前を向きます。
誰かが自分を信じてくれているという実感は、余計な力みを手放す助けになります。結果に縛られず、自分の動きに集中できる状態をつくるためにも、声かけでは評価ではなく信頼を伝えることが大切です。
使える一言:
「準備してきた自分を信じよう」
タイプ別|心に届きやすい声かけ

選手の状態によって、必要な言葉は変わります。同じ場面、同じ試合前であっても、心の中は一人ひとり大きく異なります。大切なのは、「この言葉は一般的に正しいか」ではなく、今この瞬間、その選手がどんな気持ちで立っているかを想像することです。声かけは正解探しではなく、相手の状態に寄り添う行為だと捉えると、言葉選びはぐっと楽になります。
自信を失っているとき
自信を失っている選手は、できなかった点や不安な部分ばかりに意識が向きがちです。その状態で改善点を伝えると、さらに気持ちが後ろ向きになってしまうことがあります。まずは、すでにできている事実を具体的に示し、「自分には前に進める材料がある」と思い出させてあげることが大切です。
例文:
「昨日の動き、良かったよ」
プレッシャーを感じやすいとき
責任感が強い選手ほど、「自分が何とかしなければ」と重荷を抱え込みやすくなります。そんなときは、役割を小さく区切る言葉が心を軽くします。すべてを背負わせないことで、呼吸が整い、本来の動きが戻りやすくなります。
例文:
「自分の役割だけで大丈夫」
集中したいとき
集中を高めたい場面では、意識するポイントを一つに絞ることが効果的です。あれもこれも考えさせるより、「今はここだけ」と示すことで、思考が静まり、流れに入りやすくなります。最初の一歩に集中できると、その後の動きも自然につながっていきます。
例文:
「最初のプレーだけ見よう」
感情を表に出さないタイプ
感情をあまり表に出さない選手は、落ち着いて見える反面、内側で緊張や不安を抱えていることもあります。無理に言葉を重ねるよりも、見守っているという姿勢そのものが安心材料になります。干渉しすぎないことも、立派な声かけの一つです。
例文:
「いつも通りでいいよ」
無意識に使いがちなNG表現

善意の言葉ほど、意図せず負担になることがあります。相手を思う気持ちが強いほど、「良かれと思って」かけた言葉が、試合前の選手にとっては重く響いてしまうことも少なくありません。
だからこそ、どんな表現が負担になりやすいのかを知っておくことが大切です。避けたい言葉を理解するだけで、声かけの質は大きく変わります。
結果を背負わせる言葉
試合前に結果を強調する言葉は、選手の意識を未来へ飛ばし、「応えなければならない」という責任感を一気に背負わせてしまいます。自分でコントロールできない要素まで抱え込むと、動きは自然と硬くなります。
- NG「勝たないと」
- OK「やることをやろう」
結果ではなく行動に目を向けさせることで、意識は現在に戻り、集中しやすくなります。
比較する言葉
他人と比べる表現は、一見励ましに聞こえても、選手の基準を自分以外のところに置いてしまいます。その瞬間から、プレーの軸が他人基準になり、思い切った判断がしづらくなります。試合前は特に、自分の感覚に集中できる状態を守ることが重要です。
言い換え例:
「自分の良さを出そう」
過去を持ち出す言葉
過去の失敗や反省点を思い出させる言葉は、選手の意識を後ろ向きに引き戻してしまいます。直前の時間に必要なのは反省ではなく、今に集中することです。過去は責める材料ではなく、支えとして扱う視点が求められます。
言い換え例:
「経験は力になっている」
情報を詰め込みすぎる言葉
細かい指示や多くの助言は、頭の中をいっぱいにしてしまい、かえって集中を妨げます。試合直前は、新しいことを足すよりも、意識を整理することが大切です。伝えるなら一つだけに絞り、そのほかは任せる姿勢が安心感につながります。
言い換え例:
「一つだけ意識しよう」
場面別|短く伝わる言葉

試合直前ほど、短い言葉が効果的です。このタイミングでは、長い説明や細かなアドバイスは必要ありません。むしろ情報を増やすほど、頭の中が忙しくなり、集中が散ってしまうこともあります。だからこそ、状況に合わせた一言で「今やるべきこと」や「安心できる感覚」に意識を戻すことが大切です。短くても的を絞った言葉は、選手の思考を邪魔せず、そのまま心を整える力を持っています。
チーム競技
例文:
「今日はつなぐ意識で」
個人競技
例文:
「自分のリズムで」
直前のひと言
例文:
「深呼吸。いってらっしゃい」
メッセージで伝える場合
短く安心が伝わる言葉を。
例文:
「準備はできているよ」
まとめ|信頼が、いちばんの支えになる

声かけは、テクニックや言い回しの巧さではなく、その人がどんな姿勢で向き合っているかが自然と表れるものです。信じて任せるという一貫した関わり方は、選手に安心感を与え、「自分はこのままで大丈夫だ」という感覚を育てます。その積み重ねが、緊張の場面でも自分の力を発揮できる土台になっていきます。
結果よりも準備を、指示よりも信頼を大切にする。その姿勢が伝わるひと言は、派手でなくても、確実に選手の心に届きます。あなたの声かけは、前に押し出す力ではなく、背中にそっと手を添えるような支えになります。その静かな支えこそが、選手が自分の一歩を踏み出すための大きな力になるのです。

